2005年11月12日(土)
飯盛万司、松下貞一、原田和夫、石内美佐子 国東の山々は低山であるが、本当に奇岩怪石の岩峰が連なる何とも不思議な、そして意外と急峻で魅力のある山が多い。その昔、頼山陽が名づけた”耶馬渓”をはじめとして”仏の里”といわれるほどの深山幽谷の感じが漂う。この山も山中には尾根から谷へ、随所に弘法大師にちなんだ88ヵ所の霊場(石仏)が祀られ、その台座にはすべて1〜88までの数字が刻まれている。苔むした石仏はいつの時代にこの岩山に設置・祀られたのだろうか…? ある登山雑誌に紹介されたからか?、一躍人気の山になったらしく地元の人たちのご好意で、従来の場所より先に、登山口の駐車場も新たに広く開拓され本当に有り難い。登りだしてしばらくで海蔵寺跡に着く。石垣や石段の上にはわずかな広場がありその昔が偲ばれる。道標に沿って右に進むと、やがて急な斜面にロープが設けられた分岐となり(直進も行ける)右に取りつく。 滑りやすい急勾配を登り上がった所は岩尾根で、そこここに”ヤマラッキョウ”の花が咲いていて、霊場の最後の88番目の仏像が設置されている。耶馬渓的展望も良好!。この急峻な岩肌には盆栽で見られる”イワマツ”が群生して、何かやすらぎを見せてくれる。石仏の番号の逆順にたどり尾根を進むが、やがて尾根先で絶壁の行き止まりとなりルートを捜す。 石仏頼りではなく少し戻ると66番の石仏の先から、谷への急降下の道となり鎖やロープを頼りに慎重に下って、巨岩の間につけられた谷間の道を登り、水月寺奥の院に着く。ここには観音堂があり、奧の巨岩の小さな割れ目から、硯石水(けんせきすい)と呼ばれる清水が湧き出ている。(昔、六郷満山の開祖である仁聞菩薩が、写経に際して筆頭で岩をつついたら水が出た)また(弘法大師が字を書いたというこの水で墨を摺って字を書けば、習字が格段にうまくなる)という言い伝えがあるとか…。 水壺と柄杓が置かれこの湧水で喉を潤し、急坂をひと登りで広い草原の鞍部に出て、左に進むと東展望所。由布岳や鶴見岳が遠望できる。さらに林の中をくぐると津波戸山山頂、その先へ少し出て西展望所。この岩山からは広大な宇佐平野が見下ろせる。下山は鞍部から奥の院に戻り、滲み出た水に滑りそうな急坂を慎重に下り、巨岩の裂け目を潜り、弘法大師修験の地に建つ弘法大師像(高さ2mほど)を見て左に下る。 計画では全コース踏破であったが、これからロープ頼りの急登や”針の耳”の隘路、鎖の岩尾根や断崖に渡された石橋などの難所の通過に、時間の制約と秋の陽の”つるべおとし”を考慮して断念、下山する。海蔵寺跡に下り着くと、作業服のじいさんがいてなにやら作業中。話しかけてきて、元この寺の人で今は麓に下りているが…と、歴史的説明をしてくれる…山の名の津波戸は、私見だが…としながらも「昔は海の波が高く、”津波を渡る戸”であった!のではないかと思う」と、ほかにも地元の古老を偲ばせる、なかなかの解説をいただいた。(時間がないので失礼して先を急いだ) 先にも書いたが、英彦山周辺の山から耶馬渓、国東周辺に連なる山域は、1億年をこえる年代を持つ複雑な構造の基盤・岩石の上に、後の火山活動によるいく種類もの溶岩からなる地形の重なりが、奇岩怪石の山々を形成しているのである…といわれているのも、うなずける。(思うに拳(こぶし)大の石ころをセメントを流して固めた感じの岩肌が連なり、一見、脆そうで今にも崩れるのでは?との山が多い。だが踏み登ると実に”がっしり”と受け止めてくれる) 標高は低いが、岩尾根の景観もよく、適度のスリルと緊張感があって楽しい山行きだった。 (藤井哲夫 記)
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朝7:20に藤井さんの家を出て大野 城市のザザホラヤ前で藤尾、大宅両 氏と合流、宇佐のウエストで飯盛氏と 合流、国道10号線の向野小入口に 津波戸山登山道入口の看板が有り 左折する。 |
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津波戸山登山者用駐車場には11
時に到着。 松下さんが待っておられた。 |
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駐車場には津波戸山の案内図が有
りました。弘法大師八十八ヵ所霊 場を巡りながら登って行く。 |
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目的の津波戸山を見ながら歩き始める。 | |
薄暗い林の中を歩く。
そばには渓流も有る。 |
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坂が多いので鎖を伝って登る。
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岩尾根に出た。目の前に山頂が見える。
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奇岩怪石の眺めは素晴らしく、耶馬渓
に匹敵するほどです。 |
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暫く休憩して岩尾根を山頂に向かって
歩き出します。 |
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傍らに可愛いヤマラッキョウの花が咲 いていました。
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林の中に大きな弘法大師像も有りま
した。
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13:30に東展望台に着きました。 展望のいい所です。 |
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遙か彼方に由布岳・鶴見岳の姿も見
えます。 |
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眼下に見事な景色を眺めます。
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ここで昼食をとります。 | |
津波戸山三角点に向かいます。 記念写真を撮ろうと思いましたが 人がいっぱいだったのでまず西展 望台に行き帰りに又寄ろうという 事になりました。 |
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西展望台からの眺めも素晴らしいもの でした。右に豊後高田市、左に宇佐市 を眺め、奧には周防灘も見えます。 |
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津波戸山三角点に戻り、記念写真
を撮ってもらいました。 |
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あとは又、弘法大師八十八ヵ所霊場
を巡りながら下って行きます。 |
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途中、道に迷いそうになりながらやっと
の思いで麓に降りてきました。 |
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津波戸山をバックに皆さん足も軽やか
です。津波戸山登山者用駐車場には 16時過ぎに到着。 大野城市には高速道路の事故の影響 で20時45分と随分遅い時間に着 いてしまいました。 (原田和夫 記)
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